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/ 上野 歩
monthly essay / ueno ayumu

ぴー吉 第61回『お年玉』

挿絵  子どものころはお正月がたのしみだった。けれど、いまとなっては迷惑なものである。
 そう感じるのは、ひとえにお年玉という風習のためだ。
 もらう側からあげるほうの側に移ったときから、大晦日が一年のうちいちばんたのしいときになって、年が明けるとびくびく過ごさなければならなくなってしまった。
 
 いまになってそんなこと言ってるけど、自分もずいぶんと長いあいだ、お年玉をもらってきたのだ。
 すべって転んで、やっと入った大学は、卒業するまでに、またひとより余計に年数がかかってしまった。なにしろ浪人してたころと全部あわせたら、小学校よか長く通ってたことになる。
 親だって、とっくに二十歳を過ぎた不出来な息子に、いつまでもお年玉なんてくれやしない。
 それが、祖母だけは、「卒業するまで」とお年玉をくれてた。
 しかし、その祖母も、僕の長い長い大学生活につきあいきれずに亡くなった。
 葬式はいい天気で、卒業するまでお年玉くれるって言ってたのに……と考え、それが残念だったわけだからでもないのだけど、泣きそうにしてた僕は、叔父のひとりに、「おばあちゃん、お年玉やるとき、おまえがいちばんうれしそうな顔してる、って言ってたぞ」と声をかけられ、こらえていた涙がどっとあふれた。

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