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/ 上野 歩
monthly essay / ueno ayumu

ぴー吉 第182回『北の町に桜を訪ねて(後編)津軽鉄道』

挿絵

・2日目(つづき)

 到着した列車が折り返し運転するため、解結したディーゼル機関車が単行で機回し線を通り、反対側に付け替える作業を津軽五所川原駅の跨線橋から眺めていた。その間も、5月とは思えない冷たい北国の風がガラス窓を打つ。
 津軽鉄道に乗るのは、ちょいテツ(ちょっと鉄道ファン)である僕にとって、このツアー旅行に参加した目的の一つだ。
 そして乗車したストーブ列車は、その寒さゆえに、季節はずれながらストーブに火が入るという幸運に浴したのであった。
 車内はみるみる暖かくなる。
 そして、窓の外は津軽平野だ。果てしなく広がる水田の向こうは日本海である。かつて、津鉄のこの窓から太宰治が物憂げに眺めたであろう風景だった。
 そして、太宰の性格を屈折させた生家である斜陽館は、想像をはるかに超えた巨大な威容を金木駅のすぐ間近に現したのだった。
 太宰は『晩年』という最初の作品集の、目次の最初の短編小説『葉』のエピグラフに次の引用をしている。
「撰(えら)ばれてあることの/恍惚(こうこつ)と不安と/二つわれにあり/ヴェルレエヌ」
 読者が、太宰治という小説家の最初の本で、最初に目撃するのがこの詩文なのだ。むべなるかな、である。

 芦野公園で下車。団体客は切符なしだが、改札口で使用済みの硬券をもらって喜ぶ。『時刻表2万キロ』の中で、乗車したことを証明する切符など残していないと記述している宮脇俊三氏なら「児戯に等しい」と笑うに違いない。

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