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/ 上野 歩
monthly essay / ueno ayumu

ぴー吉 第135回 My Favorite Movies−4.『ティファニーで朝食を』
         (1961年、アメリカ)〜オードリーとマリリン〜

挿絵  トルーマン・カポーティの原作にはティファニー宝石店で朝食を食べる場面はない。しかし、映画は、あの素晴らしいテーマ曲『ムーン・リバー』とともにティファニーのショーウインドーをのぞきつつオードリー・ヘプバーンがデニッシュと持ち帰り用のマグに入っている(おそらく)コーヒーで朝食をとるシーンで幕を開ける。このあたりからも、カポーティの中編小説と映画がまったく別物であることを予感させるし、実際まったくの別物である。
 映画は原作を換骨奪胎(かんこつだったい)して、自由奔放に生きる孤独でチャーミングな女性主人公(オードリー)と、彼女に惹かれる作家(小説では一人称の語り手であった「私」にポール・バージャックというバルザックを連想させる名前が与えられ、つるんとした二枚目のジョージ・ペパードが演じている)の恋のてんまつにさっぱりと一本化している。
 それにしても、ファーストシーンの背景となる朝まだきのマンハッタンの美しさはどうだ。ひともクルマもカラスの1羽もいない整然とした五番街。
 この場面を見るたびに、僕は僭越ながら記憶のなかのある風景を思い出す。それは、学生運動が激しかったころ、警戒下にあった日比谷に、ピアノの発表会に出席していた従姉を、父の運転するクルマで迎えに行った時の光景だ。あちこち通行止めで、会場に到着することができず、伯母の家に電話をしようにも公衆電話がつかえないようになっていた。おそらく活動家らの連絡を阻止する目的からだろう。
 映画の冒頭シーンは、あの時の、困惑と畏怖の眼で見たぽっかりと無人地帯になった日比谷の街並みを、僕にふたたび取り出して眺めさせるのである。もちろん、そこにジバンシィのドレスに身を包んだ大きなサングラスをかけた華奢(きゃしゃ)な女性の姿はないのだけれど。

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