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_バリ島・ロンボク島

第1話 第2話 第3話
第4話 2日目 後編 


 は虫類館とバードパークは隣合っていて、個別にチケットを買う事もできるし、両方入場できる割安のチケットという物もあった。
 飛行機のフライトまでの空き時閑を利用している我々は、どちらか片方だけにしておいた方が賢明だろうという事になり、少し悩んだが、恐いもの見たさで、は虫類館のみのチケットを買う事にする。

 入場すると、いくつもの水槽がはめこまれたようなトンネルがあって、カエルやらヘビやらが、葉っぱなんかにうじゃっとのっかっている。まことに無気味でびっくり仰天だ。が、しかしこいつらは全然動かないので、思ったより面白みがない。まるで駄菓子屋の10円クジで当たるゴム人形みたいだ。
 ニセ洞窟の出口が近付くと、なんと外は雨になっていた。うーむ、よりによってこんな無気味な場所で雨宿りか。しかたなく、首をもたげたまま微動だにしないヘビの目の前で指をぐるぐるまわしたりしてみる。
 こんな天気のせいかお客さんもほとんどいない。あちこちで従業員らしき人がタバコをすったり、ただぼんやりと空を見上げていたりしている。やがて小雨になってきたのを見計らい外に出る。
 その後コモドドラゴンに直接ふれる事ができるコーナーなどもあったが、基本的にやっぱりみな動かない。雨の中、動かないコモドドラゴンの頭をつついていると、なんだか急速に空しくなってきて、品数のない土産物コーナーでトイレを借りるとあっさりと出てきてしまった。

 時間が中途半端にあまってしまった。せっかくだからバードパークの方も入ってみる事にする。
 受け付嬢に、は虫類館に行ってきたんだから安くしろ、と言ってみたが、全然受け付けない。ケチだなーと思いつつ、まあなんとなくスジが通っている気がしたのでしかたなく、あらためてバードパークのみのチケットを購入。受け付けない受付嬢は勝ち誇った顔でニヤリと笑っている。

 結論からいってしまうと、バードパークの方が格段に面白いのだった。観光客もこちらの方が断然多く、雰囲気も明るくて健康的。トリはトリだろうと思っていたが、それは大きな間違いで、カラフルでこれまたびっくりするようなデザインの鳥達を堪能する事ができる。は虫類とちがってよく動くし、体験コーナーでは人なつこい鳥を手や頭の上にとまらせてくれたりもする。これがもしアマゾンナントカシマヘビみたいなやつが頭にからみついてきんだったら大変に気持ち悪い事だろう。

*   *   *

 駐車場に戻ると、約束通り来るときタクシーの運ちゃんが手をふってまっていた。人をひきそうになった事など、すっかり忘れていそうだ。
 空港に戻る道すがら通りすぎる、職人たちが住むというの村々には、つくりかけの木彫りや石彫りの人形が大小並んでいて、本当に芸術的で、まるでテーマパークの中を通りすぎているようだ。

 空港が見えてくると、同行者のおちいさんはタクシーのお勘定を用意しだした。私はなぜかそのときにかぎってサえていて、自分の財布の中にくしゃくしゃになっていまにも破れそうなお札がある事を思い出した。この国では破れたお札は使えないときいていたので、ジェスチャーで「こっちのきたないお札で支払おう」とおちいさんにそのお札をそっと渡した。

 タクシーをおりて、フライトまでの30分くらいのあいだになにかお腹に入れておこうか、と20mほど歩いたところで、ある変化に気がついた。

 財布がない。

 見れば肩からかけてたバックのチャックがあいていて、中に入れたはずの財布がコツゼンと消えているではないか! 
 私とおちいさんは青ざめタクシーをおりた場所に急いでかけ戻ってみたが、落ちているわけがない。そんなもの落ちていたらまっさきに拾われてシランシランとなるだろう。中身はいくらもなかったと思うのだが、こちらの人にしてみれば家族で豪勢な食事ができるぐらいはあったはずだから。
 なにより悔やまれるのは財布自体がキノコの綺麗な刺繍がほどこしてあるお気に入りのものであるという事。なぜ、もっとボロイ財布をもってこなかったのか。
 落とした場所でいちばんあり得るのはタクシーの中だろう。まだそこらで停車しているのではないかと、空港の回りを盲烈ダッシュしてみたが、やはりもう影もカタチもない。そうこうするうちにフライトの時刻は迫ってくる。息はきれ、ぼんやりとする思考の中、ツアー会社の緊急連絡先というのがあった事を思い出し、急いで公衆電話から連絡をとってみる。
「こんにちは、どうされましたか?」
ああなつかしい日本語よ。
 事の経緯を伝えると、タクシー会社と車のナンバーを覚えているか? との事。もちろん記憶にございません。もはやコレマデと思ったが、なんとしっかりもののおちいさんが、それらの情報を記憶してくれていた。ツアー会社の担当さんは、それならドライバーに連絡がとれるだろうとの事だった。まことに頼もしいみなさんに囲まれて幸せなワタシ。まあ当然あの運ちゃん、しらばっくれるだろうが、もしかしたら財布だけは戻ってくるかもしれない。
 しかし、もう数分後には機中の人である我々には、結果をまっているヒマはなかった。数日後こちらから連絡をといれる事にし、今度は飛行機の搭乗受け付けに猛ダッシュする。バックパックが一際重く感じる。

 搭乗受け付けでは1日の仕事を終えたお姉さん、お兄さんがすっかり帰り支度。電気も消して、あー今日も働いたなんて談笑しているところだった。
 そこへ唐突にちょっとまってくれとなだれ込んだ我々はきっと物凄い形相だったのだろう、受け付けの姉さんは一瞬「ヒッ」という顔をして動きがとまった。
 だがすぐさま状況を理解してくれ、トランシーバーでどこかへ連絡している。
 その口調から、
「ちょっと、ここに乗り遅れたボケがいるのよ! いいからまってて! 」
とでも言っているのだろう。
急げ急げと背中を押されて中に入る。こんなときにかぎって、腰にまいていた長そでシャツがほどけて足にからまる。
 荷物受付カウンターへたどりつくと、中のおじさん冷ややかな目をしてこちらを見ている。
ふと、となりを見る。

 さてピストルをもっているあなたはだれかな? 

 脳が真っ白になってきた。しかし考えている余裕はない。
滑走路に出ると小さなプロペラ飛行機と乗務員、お客さんがみんなまってくれていた。スタッフ一同に、はやくはやくと手招きされる。
 とにかく乗りこんでようやくシートに座ると、うれしい事にスチュワーデスさんが缶ジュースとストローを配っている。のどがカラカラだったので、そのどくどくしい色のストロベリーファンタはこのうえなく美味しく感じられる。
 やがて冷静さが戻ってくると、さらにもう一つとてつもない計算違いがある事に気が付いた。
 日がすっかり暮れてきているのだ。この分だとロンボク島についた頃はもう真っ暗だ。そこからさらに港までたどりつき、さらにさらに宿をとっている離れ小島のギリ・メノ島まで船でいかねばならないのに! 
 となりでむくれている、おちいさんに言える事は1つしかなかった。
「ごめんなさい」


 ロンボク島につくと案の定真っ暗だった。たいだい街灯というものがほとんどない。
この時間はお祈りのタイムなんだろうか、どこからかお経とも歌ともつかない声が聞こえてくる。これがコーランというものなのか。
 そのへんにいる人に、今じぶん港にギリメノ島まで船をだしてくれる漁師さんはいるのか聞いてみる。もちろんいない。いるわけがない。タクシーの運ちゃんなんかがどこまで行くのかときいてくる。行き先を伝えると、まったくナンセンスというように首をふる。ヤバい。
 途方にくれていると、1人の黄色いTシャツを着たひどく人相の悪い男に声をかけられる。
 事情を話すと「おれなら船も用意できる」と考えていた交通費の何倍もふかっけてながら豪語してきた。とりあえずねぎるのだけど、ねぎっているあいだも私の頭の中では
「イスラムの島で人相の悪い男からこのごに及んでねぎっているワタシ」
という言葉がぐるぐるとまわりつづけた。

 結局、「お金を落とした、ほんとにナイものは払えない」と泣きつき、もうラストプライス、もうまけられない、というところまで値切ってしまった。恐ろしい事だ。
 値段の交渉がまとまると1台のライトバンに案内された。運転席にはまた違ったタイプの人相の悪い男がすわっている。さきほどの男が頭脳派ギャングのボス系だとすれば、この運転手は手下によくいる力持ちまるだしのふとっちょタイプであった。非常にマンガ的な絶妙のコントラストにこんな状況でなければ笑っていたかもしれない。
 しかし、走り出した車の窓から見える、白い頭巾をかぷった人々の行列や、あいかわらずどこかのスピーカーから大音響で流れてくるコーラン、あるいはえもいわれぬスパイスのような臭いに、表情はこわばりつづけていた。

 やがて、どこから来たか? というお決まりの質問がはじまっていた。
ギャングボス系男は、私がちょこっとだけ覚えていったインドネシア語を話したせいか、ネイティブと一瞬まちがえたようだった。ここでもおちいさんの英語が活躍するのだが、うっかり
「アメリカでホームステイしていた」
と言ったときは、御時世的に非常に重苦しい空気が流れたのはいうまでもない。

 そうこうしているうちに、ますます暗い人里はなれた山の中にはいっていく。もはやヘッドライトに照らされた部分しか視界がない。
 どのくらい山中を走っていたのだろうか、やがて広い場所に出ると、ギャングボス男は「ここが港だ」と指をさした。なるほど明かりはすっかり消えているがたしかに港のようだ。なんとなく少し安心していると、ふとっちょはハンドルを切った。

 港と逆方向に。

 なすがまま、つれさられるばかりの日本人2人組、いったいどうなってしまうのだろうか。
車は港からはなれていくばかりであった。

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