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_ふじたかつゆきの
_バリ島・ロンボク島

第1話を読む
第2話 到着 


 スカルノ・ハッタ国際空港に降りたった時にはもう夜だった。
 暗くて空港のまわりもよく見えないが、なにやらはやくもねっとりとしたあやしい空気に包まれている。
 ここにはトランジットのため立ち寄ったので、空港内でウロウロするだけなのだ。皆、免税店を見て時間をつぶしたり、トイレで歯を磨いたりしている。私たちも、おどろおどろしいヘビのハクセイなんかを売っている店をのぞいては、ほーヘーいっていたが、すぐに歩き回るのにもあきて待ち合い室に向った。
(余談だけれど、バリ島へは恋人との2人旅。この紀行の中では仮に「おちーさん」と呼ぶことにします。)
 しかしジャワというと、なんだか悪漢宇宙人の名前みたいだ。ひどい言い掛かりですまないが、おっかないからサッサと出発してほしいというのが正直な所。バックパックをギュッとにぎりしめているうちにフライト時間になる。
 スカルノ・ハッタ国際空港からバリ島のング・ライ空港にはほんの2時間くらいだ。 そのあいだ、心の中で念仏のように注意事項をくりかえす。
ギャンブル賭博のさそいにのらない、気安く話し掛けてくる人はシンヨウしない、両替ではおつりに誤差が出る「しかけ電卓」に気をつけるベシ。ジュゲムジュゲム...
...OKだ何の問題もない! 
 飛行機はドスンと着陸。いよいよバリ島だ。
 鬼の形相で席を立つ。ガルーダインドネシア航空は機内で入国手続きをしてくれるので、荷物を預けていない我々のようなバックパックスタイルだと、もうスルーっと外まで出れてしまう。ベルトコンベアの前でイライラと荷物待ちをしている輩をチラリと見てクスリと笑ってみる。

「リョウガエ〜、コッチネ〜」
賑やかな声にハッとわれにかえり前方を見ると、両替屋がズラリと並んでいる。
ハハーん、これがネットに書いてあった空港内の両替屋ってやつか、たしか「ここはレートが悪いので必要最低限だけ両替え」だ。3千円も替えりゃ安心だろう。
 どの両替え屋がいいかな、と店の様子をうかがっていると、いかにも人のよさそうな、眼鏡をかけたオバチャンの店がある。雷波少年に出てくるフナコみたいな顔をしている。うむ、まあいいじゃろう。この人でイコ。
 旅行時のレートは1円=81ルピアくらい。3千円を渡すと24万3千ルピアの計算だ。分かってはいたことだけれど、咄嗟に暗算できずイチイチ計算機で確認する。ああ、もっとまじめに数学やっときゃよかった。
 どうやらフナコの提示する金額に間違いは無いようなので、お願いしますと伝える。
 するとフナコ
「アト5ヒャクエンクダサイ」
と、なにやらわからん事をいいだした。よーくきいていると、どうやら、あと5百円でちょうどキリよく両替できるぞ、といっているらしい。突然んなこといわれてもこまるが、おちーさんがたまたま五百円玉を持っていた。それをフナコに渡すと、
「ゴヒャクエンダマダイスキネー!」
と顔を真っ赤にしてヨロコンでいる。ああ、そんなうれしいんだ、バリのオバチャンはかわいいなあ。こちらも笑顔でサヨナラと別れをつげた。

 外に出ると、迎えの人々が、手に手に名前入りのプラカードをもって手招きしている。コ、コワイ。あつくるしい。
 その歌舞伎町みたいな状況の中を2往復もしただろうか、はじっこの方に自分の名前を書いた看板をみつけた。今度は、じゃりん子チエに出てくるお父さん「テツ」みたいな、顔のおっかないおっさんだ。テツは自分がまっている日本人が我々だと知ると、面白くもないような表情でコッチにこいと言って背を向けた。あわててついていくと1台のライトバンがとまっている。中では運転手が待っていて、テツは助手席に、当然だけど我々は後部座席に乗り込んだ。
 車が走り出すと、テツはシートに腕をのせふりかえり自己紹介をはじめた。
「デハ、アラタメテ。
 バリヘヨコソ。ワタシノナマエハ、コーマントイイマス」
なに! コーマン! 一瞬ぎょっとしてしまったが、ここで驚くのも失礼きわまりない。
「そうですか、はじめましてコーマンさん」
などといってみる。
しかし、わずかにぎょっとしたのを察知したのか、ねっとりと瞬きして
「コーマン、イヤラシデスカ?  ニホンデハ、サカサニイウト、イヤラシデスネ」
と、声に出さず口の形だけで「マン○ー」と言ってみせてくる。
こいつ、コレ毎度ネタにしてやがるな。言い方がやけに板についていて営業くさい。
しかしながらこちらもどう反応していいかもわからず、ハハハなどとなさけなく笑うしかない。
 そうしてテツ改めコーマンさんはホテルの予約などを確認しはじめたのだけれど、それが何故かどうも説明というより尋問なのだ。
「アナタタチ、ドコトマル?」
「チョウショクハツイテイルカ?」
「ナンパクスル?」
それで、どこそこのホテルに1泊、朝食付きだなどと答えると、
「ハイ、ソウデスネ!」
などと言う。確認なのだろうがなんだかハラがたつ。イライラしはじめつつもあいかわらず日本人的笑みを浮かべている自分がなさけない。
 引き続き尋問はつづいたが次の質問でコーマンさんの顔色がかわった。
「アシタハドコイク?」
「ロンボク島からギリ島まで行きます」
「オ〜ウ....ロンボクアブナイネ、イスラムノトコ。バリハヒンズーダカラアンシン」
 それは重みのある言葉となってのしかかった。
 そしてコーマンさんはさらにオイウチをかけるようにこう言った。
「バリノヒトワルイコトシナイ、バリデワルイコトスルノ、ミンナイスラムカラキタヒトネ」
おい、そこまでいっちゃっていいのかよ。
「ロンボクヤメテ、ボロブドゥールニシマショウ」
とご提案されたが、大人的に
「いやいや、海の綺麗な所にね、いきたいんでね」
とやんわり世界遺産へのお誘いをかわす。しかしボロブドゥールっちゃあジャワ島じゃねーんか?  あそこだってイスラムじゃねーんか?  
 そんな疑問はあっさりと流され、今度はプライベートな尋問へと話しは進んでゆく。
「フタリハフウフカ?  コイビトカ?」
「恋人です」
「オオウ! イチバンイイトキネ。ワタシ、モウケッコンシテルケド、イツモケンカバッカリネ。コイビトノトキ、ラブラブダッタケドネ」
 ...おまえのそんな情報はいらない。
だんだん疲れてきたので、横を向いて町並み等見ているフリをきめこんだ。

 やがて、クタという場所のマタハリデパート脇にある「アサナ・サンティ・ウィリイ」というホテルに到着した。ここもネットで探したホテルだ。こじんまりとして雰囲気の良い所という誰かの言葉を信じて。
 ロビーというほどの広さもないカウンターだが、ぱっと見てたしかにコギレイでよさそうなホテルだ。ソファに座るとすぐにジュースがでてきた。それを飲みつつ、コーマンさんと注意事項や書類の受け渡し手続きだ。 
 しばらくしてコーマンさんは、何かひらめいたように誰かと携帯で話しはじめた。突然私のボールペンを、まるで自分のだから返せ! というイキオイでむしりとり、なにやらメモしている。どうやらロンボク島への手配をしてくれる人を紹介してくれるようだ。
「ダイジョブ、シンヨウデキルヒトネ。トモダチダカラネ。アシタノアサココニデンワクルネ」
「あ、そうですか。それはどうもご親切に」
「ホントニ、ボロブドゥールニシナイ?  ワタシトテモシンパイ。」
 この人はこの人なりに、いろいろ気づかってくれているのだ。それに、この旅で、いや人生でこの人に会うのもおそらくこれで最後だと思うと、だんだんなごり惜しくもなってくる。
 さて、そろそろ無口なホテルの青年が部屋まで案内してくれるようだ。
 コーマンさんは、我々の背中に大きく手を振って、
「キヲツケテー」
と声をかけてくれた。
 私はありがとうのかわりに大きな声で、
「奥さんとケンカしないでねー」
 とさけんだ。
「ダイジョブ、ワタシコドモタクサンイルネー!」
 次に振り返った時には、コーマンさんの姿はもう見えなかった。

 ホテル「アサナ・サンティ・ウィリイ」は極楽だった。
どちらかというと安ホテルで、敷地もたいして広くないのだけど、ちょっとした水路があって、木彫りの大きな人形があちこちに飾ってある。うっすらとした灯りの中、木々はゆらぎまくり、お女中さんは目があうとニッコリとほほえむ。
 大袈裟な、と思うかもしれないが、日本から突然この場所に来たら、誰だってきっと極楽と思うんじゃないだろうか。とにかく、うそみたいに雰囲気があって、もしや自分はもう死んであの世に来てしまったのか?  と思うほどだった。
 部屋の中は、こじんまりとした寝室(つーかワンルームなんだけど)に比べて、異常に広い風呂が印象的。行った事はないがきっとラブホテルってこんななんだろうな、と不謹慎な事をしばし考える。
 私があちこち見回って動物園の猿のようになっているかたわらで、おちーさんは現実的にさっき空港で両替したお金を勘定していた。しかしどうもひきつった面持ちだ。
「...これおかしくない?」
どれどれ?  ひーふーみーの、あれ?  あれれれ?  
なんてこった。あんなにオニの形相でだまされまいと両替したのに、フナコのやつ! 5百円渡すんじゃなく5十円渡せばよかったんじゃん! 
 いきなりの10倍ボッタクリにしばし放心したが、なんとか気をとりなおし、近場を散歩する事にした。
 夜の繁華街、クタスクエアでは店の灯りもほぼ消えている時刻だったが、かわりにギラギラとした目を光らせた白タクの運ちゃんがあちこちでたむろしていて、通りかかった外国人に声をかけてくる。
「タクシー?」
「トランスポート?」
「タクシー?」
「マヤク?」
 ここは本当に極楽なのか。
 夜はふけてゆく...。


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